ツインレイとQHHT
なぜかわからないけれど、どうしても惹かれてしまう。
頭では「もうやめたほうがいい」と思っているのに、気持ちが離れない。
何度距離を置いても、なぜかまた引き寄せられる。
そんな経験から、
「この人はツインレイなのだろうか?」
「この出会いには、どんな意味があるのだろう?」
と考える人もいると思います。
今日は、ツインレイの旅について私が思うことを書いてみようと思います。
ツインレイという言葉を、私は否定もしなければ、肯定もしません。
ただ、「ツインレイかどうか」というラベルよりも、私が大切だと思うことがあります。
その人との出会いによって、自分の内側で何が起きているのか。
そこに目を向けてみることです。
誰かに決めてもらわなくていい
世の中には「ツインレイ鑑定」と呼ばれるものもあります。
霊視などによって「この人はツインレイです」「この人は違います」と判断してもらうものです。
ある鑑定士さんには「あなたたちはツインレイです」と言われたけれど、別の鑑定士さんには「ツインレイではありません」と言われ、
結局どっちなの!?
と、鑑定を受けたことで余計に迷いや戸惑いに苛まれてしまった、という話を聞きました。
けれど、誰かとの関係性の中であなたが実際に感じた磁力や引き寄せの力は本物ですよね。
知らない誰かに「ツインレイではありません」と言われたからといって、あなたが実際に感じたものまで無かったことにしなくていいと思うんです。
その人に強く惹かれたこと。
説明できないほど心が動いたこと。
その出会いによって、自分自身と深く向き合うことになったこと。
それは、誰かの判定とは別のところにある、あなた自身の経験です。
だから私は、ツインレイであるかどうかよりも、
「私は、この人との関係を通して何を経験しているんだろう?」
「この出会いには、私にとってどんな意味があるんだろう?」
と、自分自身に問いかけてみてほしいと思っています。
QHHTでは、どう扱うのか
QHHTの創始者であるドロレス・キャノンの世界観には、ソウルファミリー、ソウルメイト、オーバーソウルなど、魂のつながりについての考え方があります。
私が調べた限り、ドロレス本人がツインレイについて言及する資料は見つけることができませんでした。(ただ、講座の中でドロレスが「サブコンシャスはツインレイという言葉は使わない」と言っていたことはあります。)
QHHTのセッションでは、魂のつながりを扱うとき、サブコンシャスが特定の相手を「ツインレイ」と認定するケースは私も経験したことはありません。
しかし必要であれば、深い催眠状態でサブコンシャスに、その関係について尋ねることができます。
「この人との関係には、どんな意味があるのでしょう?」
「私は、この関係を通して何を経験しているのでしょう?」
答えやラベルを誰かに決めてもらうのではなく、自分の深いところに聞いてみる。
それがQHHTでできることのひとつです。
ツインレイの旅で学ぶ、無条件の愛
私自身は、ツインレイの旅は、無条件の愛を学ぶ旅なのだと思っています。
無条件の愛とは自分を犠牲にすることではありません。
チェイサー側は特に、
まず、自分を大切にする。
自分の気持ちをなかったことにしない。
嫌なことを嫌だと思っていい。
傷ついたら、傷ついたと感じていい。
そのうえで、もう一段深いところへ行く。
そもそも、相手をジャッジしない。
たとえば、突然冷たくされたり、連絡がなくなったりすれば、
「何なんだろう」
「どうして?」
「こんなに好きなのに」
と、心が大きく揺さぶられる。
悲しいし、腹も立つ。
期待した分だけ、がっかりもする。
でも、そんな感情をひとつひとつ通り抜けた先で、
「それでも私は、この人を愛している」
というところに戻ってくることがある。
相手が優しくしてくれたから愛しているのではない。
連絡をくれたから愛しているのでもない。
自分を選んでくれたから愛しているのでもない。
ただ、自分の中からこんこんと愛が湧いてくる。
何度傷ついても、不思議なくらいそれは枯れない。
私は、それこそが「無条件の愛」のひとつの姿なのだと思っています。
そしてそれは、ある意味でレジリエンスでもある。
揺さぶられても、戻ってくる。
傷ついても、自分を取り戻す。
相手を追いかけ続けることでも、自分を犠牲にすることでも、痛みをなかったことにして何も感じなくなることでもない。
愛を持ったまま、自分の人生に戻ってくる。
それが、私が感じている「無条件の愛」です。
そして、ランナー側にも学ぶことがある。
誰かから向けられる愛を、ジャッジせずに受け取ること。
愛されることに戸惑ったり、傷つくことを恐れて距離を取るのではなく、
誰かに愛されるために、自分を変える必要はないことに気づくこと。
鎧を脱いだそのままの自分で愛されることを、ただ受け取っていく。
愛することだけではなく、愛されることもまた、ひとつの経験なのだと思います。
答えは、自分の深いところに聞いてみる
ツインレイなのか、そうではないのか。
その答えを、誰かに決めてもらう必要はありません。
なぜ私は、この人にこれほど惹かれるのか。
この人との関係には、どんな意味があるのか。
この出会いを通して、私は何を経験しているのか。
そんな問いを、自分の深いところへ持っていく。
そこから出てくる答えは、「ツインレイです」という言葉ではないかもしれません。
もっと意外な答えかもしれない。
今まで考えたこともなかった視点かもしれない。
だからこそ、面白いのだと思います。
ツインレイという名前を追いかけるのではなく、
その出会いによって、自分の中で何が動いたのかを見る。
誰かの言葉で、自分の感じたことをなかったことにしない。
そして、自分の深いところから出てきたものに耳を澄ませてみる。
本当に知りたい答えは、誰かの判定の中ではなく、自分の中にあるのかもしれません。
QHHTは、その答えに出会うためのひとつの方法です。




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